親友は私をスナフキンと呼ぶ

Mount Cookの頂上にて

(2017年7月13日追記)

こんにちは、または初めまして。Akane(茜)といいます。

ずっと頭にあったけどなかなか実行に移せていなかった、ブログを始めたいと思います。
でもご覧のとおり、まだとってもプレーンな状態で、細かい設定やブランディングなど全く整ってませんが、まずはぶち立ち上げるのが大事だということで。ゆくゆくは英語でもやりたいですが、まずは母国語の日本語でぼちぼちと。

まずは簡単な自己紹介を。過去の海外との繋がりから、現在(2017年5月)に至るまでの経歴を書いてみます。

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海外に興味を持ったきっかけ

海外との接点の始まりは母親の趣味である古き好きアメリカのR&Bやジャズでした。これらの海外の音楽は家の大きなコンポや車のステレオなど日常生活において常にBGMとして流れていて、小さいころからずっと慣れ親しんで育ちました。

もっと大き枠組みで海外に興味を抱くようになったのは10代も終わりの頃、90年代アメリカを象徴するオルタナィブ・ロック、00年代のアメリカとイギリスにおけるロック・リバイバルムーブメントを知ってからです。その革新的な音楽だけでなく、彼らの産み出すファッションやアートワークなどのビジュアル面においても、その頃ちょーど多感な時期だった私は脳天直撃を喰らったかのような衝撃を受けました。高校卒業後に地元から大阪に出てからは、本格的に来日アーティストのライブに通うようになりました。

英語の勉強と貯金を始める

幼少時代より海外の音楽に慣れ親しんで過ごし、青年時代には海外発のアートにもハマった私は、それらの背景にあるものの理解を深めるため、現地での主言語である英語を自主的に勉強しはじめました。

同時期にいつか自分の足で現地を体感してみたいという思いも心のどこかに浮かび始め、学生時代から社会人になっても、ほぼ無意識ではあったけれどずっと貯金を続けていました。

しばらくしてずっとグレー状態だったこの英語勉強と貯金という行為の原点にあるものを具現化させるため、一度海外に長期滞在をすることを決意します。迷う間もあまり無く決めた行き先は、自分の好きな音楽・アートの主な発信地であるロンドン。ワーホリという制度を知ったのも丁度この時期でした。

常識を覆されたロンドン滞在

ロンドン芸大、CSMでのグラフィックデザインショートコース
提供:Our superb tutor Bobby

それから1年弱という準備期間を経てロンドンへ渡り、1年3ヶ月ほど滞在しました。ワーホリビザでの渡航でしたが、滞在中はほぼ英語の勉強とグラフィックデザインの短期集中コースに身を費やすことになり、留学といったほうがしっくりきます。

世界中から人が集まり、特にクリエイティブな人には堪らない環境が整うロンドンは、私にとってはまるでパンドラの箱の中を覗いているかのような、刺激的な体験でした。休む間もバイトする暇も無いほど毎日勉強、課題と遊びで忙しく、日常は目まぐるしく過ぎて行きましたが、一日一日、重くずっしりとした内容の日々を送ることができ、心は底から充実して満たされていました。

名残惜しい気持ちを抱えたままの帰国となり、その時にはすでにまた新たな形で海外に出たいという確固たる気持ちが芽生えていました。

生活しながら世界を見る旅へ

その後日本で2年間のインターバルを経て、今回はワーホリビザの特権である就労許可を活かし、移り住む先々で仕事をしながら生活する旅に出ました。日本には理由もあって年に1回のペースで一時帰国していますが、合計すると4年ほど拠点を置いていない計算になります。

私が選んだワーホリ先は全て英語圏。とても多国籍な環境で、現地の人々だけでなく他の旅人達とも出会うのは必然のこと。そんな環境で仕事し、生活し、文化の違いに四苦八苦したり、大爆笑したりしながら、日本では中々味わえない環境を楽しみながら過ごしてきました。それは、今まで生きてきた中で周りに無かった環境や思想に触れることにより、自分の知らなかった新たな自分の側面を無意識に目覚めさせていたような、そんな旅でもあります。

そんな中、自分の中で積み重なってきた海外での生活、就労、移住、留学に対する知識や、旅を経て身に付けた考え、経験、価値観、はたまた単にゴマンとある写真や旅行記を、いつかブログで発信したいなー、と思っていました。

文章は得意ではないですが、頑張って更新していきますよ。

気楽にお付き合いくださると嬉しいです。 🙂

Akane

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